■福の神 1■

最近ちょっと変な事が起きている。
働いてるからあまり細かい事を気にしてる余裕がないし、あたしの性格上
パート先の会社でポカミスをしないようにするのに精一杯で、
たいていの事には気が付かないんだけど。

変だってのは、我が家の冷蔵庫。
もう10年選手でいつ寿命がきてもおかしくない。
最近モーター音が妙にうるさいような気がしないでもない。
デザインも滑稽なくらい古臭い冷蔵庫。

ドタバタと夕方帰宅すると、だらだら遊び呆けてる我が家の子供達にやいやい
怒鳴りながら夕食の支度を始めるのが毎日の事。

―――ほんとにもう!自分たちだってご飯食べるんだからちょっとくらい手伝いなさい!
―――はーい
―――もう、あんた達は返事だけでしょうが!宿題は?!学校の宿題は
済ませたの?
―――だって今日音読だもーん。お母さんが帰ってこないとできないんだもーん
―――お姉ちゃんに聞いてもらえばいいでしょ!
―――だってー姉ちゃんイジワルだもーん。
―――もういい!さっさと教科書持ってきて!お姉ちゃんは塾の宿題は?!学校の
宿題は?!
―――ええ〜やったよ〜。頭から決め付けないでよねえ〜ほんとにもう〜
お母さんったらうるさいな〜。ああそうだぁ。電話使うよ?お母さん。
カナに電話する約束したんだ。
―――いいけどさっさときりなさいよ!晩御飯のしたく手伝いなさいよ!全く!
―――は〜い…あーうっるさ〜い

こうやってぎゃんぎゃん言って、煮え切らない態度の役立たずの娘達に腹を立てながら、
一瞬も手を休めず晩御飯のしたくをする。もちろん下の子の宿題も見ながらなんだけど。
その後子供達に晩御飯を食べさせ、その間に風呂の用意、洗濯、その他の事を
駆け足で片付ける。
まあ仕方がないんだよね、仕事始めた頃に、子供達にちゃんとしつけておかなかった
のが悪いんだから。
あたしが病気で倒れでもしない限り、この状況は変わらないかもしれない…。

ま、それはさておき、冷蔵庫の件。
例えば晩御飯に小アジの南蛮漬けを作ろうと思っていたとする。
さて冷蔵庫から出してくると、パックの中身がえらく少ない。半減とは言わないが
1/3弱くらいは少ないのだ。しかもラップがちょこっと外れているか
ものすごくいい加減な掛け方をしてある。
あるいは生鮭をソテーしようと思って鮭の入ったトレーを取り出すとする。
生鮭が若干欠けている。三切れいりだとするとその内の一切れだけ。
それもほんのちょっとだけ…と言うところが全く腑に落ちない。
ある時はきゅうりとワカメとちりめんじゃこの酢の物を作ろうとすると、
ちりめんじゃこがごっそり減っている時があった。

???
一体どう言うこと?
最初は買ってきた商品の選び方が悪かったのだと思った。
何せ土日にまとめ買いしているもの、慌てて買っている事が多い。
それがまずいのかと思い、慎重にパックをじっくり見て買って来ても
状況は同じで。
もしかしたらあたしが帰宅する前に、子供達がおなかの空きすぎで
我慢できなくて魚を焼いて食べているのかとも思った。
でもこれは多分ありえない。何せ二人とも魚なんて大ッ嫌いで、いつも無理やり
食べさせているようなものだから。



ある晩。
真夜中の事だった。
あたしは余りの暑さに眠る事も出来ず、輾転反側した挙句、汗でねっとりとなった
重い体を無理やり起こして、台所に向かった。
入り口で電気をつけるとひどく眩しくて、目が痛かった。
あたしは冷たい麦茶を飲もうと冷蔵庫をあけた。





「よお」


あたしは思わず冷蔵庫のドアを思いっきりバタン!と閉めた。

今何かいた?何か変な生き物と目が合ったような…。

恐る恐るもう一度開けてみた。

「よお。何閉めてんの?」

そこにはあたしの顔の2/3くらいの大きさ、まあ冷蔵庫の庫内の真中の段に
余裕で収まるくらいの背の高さの、恐ろしく目つきの悪いホッキョクグマが片手を
上げて立っていた。

あたしは床にへたり込んだ。
悲鳴をあげることも出来ず、体は金縛りにあったように硬直している。
「何これ…やだ、あたし夢見てんのかしら。疲れすぎてんのかしら?
なんで…」
そんな私の呟きを聞くや否やホッキョクグマが大きな声を上げた。
「何を言う!自分とは異なる姿かたちの存在を受け入れる事が出来ないとは
なんて偏狭なんだ。俺がこの冷蔵庫に住み着いたことを素直に喜んだ方がいい」
「なんなの〜、このホッキョクグマってば。何が悲しくて、喜ばないといけないのよ?!
冗談じゃないわよ!分かったわ!あんたでしょ!魚をしょっちゅうちょろまかして
いたのは!!使おうと思ったらいっつもなんだか足りないし、減ってたりえぐれてたり。
あんたの仕業ね!それをなんで喜べるって言うのよ!」
「怯えている割にえらく口の回るオバサンだな」
「オバサンとは何よ!あんたはホッキョクグマのおっさんでしょ!」
「おっさんじゃない。お兄さんだ。ついでに俺の事はホッキョクグマのお兄様と
読んだ方がいいぞ」
「絶対そんな呼び方しないわよ。呼んでたまるものですかっ。何がお兄様よ。
ふざけないでよ!」
「うわぁ。すごいこの人。どおりでだんなが言われっぱなしな訳だ。歯が立たないよな。
あのね、オバサン」
「オバサンじゃないわ!少なくともあんたみたいなチビのホッキョクグマに言われたくないわね」
「じゃあお姉さん」
「もう何とかしてよ、この変な生き物!誰の断りを得てうちの冷蔵庫にいるのよ」
「誰にそれ言ってんの?」
「知らないわよ!て言うか、あんたの知ったこっちゃないわ」
「そうか。あのね、お姉さん。俺の事はもうちょい大事にした方がいいかもよ」
「なんで」
「だってさ。俺、こう見えても福の神なんだ。福の神」
「は?何の紙?」
「いや…ほら、七福神とかえびすさんとかあるだろ?その福の神」
「へえ〜…そう。あっそう。まあね、誰でも名を名乗るのは自由だもんね。
はいはいわかりました。福の神さんね、あんたが福の神ならあたしだって
福の神よ。だんなだってうちのかみさんがって言うしね」
「口の減らない女だな。いやもう、俺はほんとに福の神。実際すごく
いいことなんだよ、これがまたさ。
いい?もしうっかりペンギンにでも住み着かれてみなよ。
いいことなんてひとっつもなし。あいつらはさ、貧乏神なんだよね。
ほんとに感謝してもらわなきゃいけないのにさ、こうもあーだこーだ文句を
言われるなんて、思っても見なかった」
「なんでペンギンが貧乏神なのよ」
「だってあいつらは俺の住んでる所の対極にいるわけだし」
「あっそう、そういうのへ理屈っていうんじゃないの。
ねえ、他所へ引越ししたら?福をお分けしにさ」
「つつつ…つめてえなぁ。俺だって住む所を選ぶ権利はあるんだぜ?
俺はこの冷蔵庫が気に入った。だからここに住む。住み着く代わりに
この家に福をおすそ分けする。……いい話だよ。なんていうかさ、
ほら、共生っていいことだと思わない?」

「…はぁ」
あたしは深々とさも嫌そうにため息をついてがっくりと肩を落とした。
なんなのこの、ちっぽけな割に変に自信過剰なホッキョクグマは。
「まあいいわ。好きにして」
「ふっ。そう来ると思ったね。まあ任しておきな。これからはいいことが一杯あるはず
だから。ありすぎて困ってしまうかもしれない」
「そうお?」
まあ勝手にすればいいわ。そのうち飽きてどっか行くもしんないし。
あたしは冷蔵庫のドアをバタンと閉めて、また寝に戻った。
布団に入ってから、そう言えば麦茶を飲み忘れていることに気がついた。
でも台所に戻るのも、またあのホッキョクグマに会うのかと思うと癪に障るし、
そのまんま不貞寝した。
だが興奮している上に腹を立てていたせいでよく眠れなかった。


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