ヒカル3


「あ、先帰ってて」
輝が言うと、周りがちょっと驚いたような顔をした。
今まで輝がこんな時に、うんとかわかったとかそれ以外の
ことを言うのを聞いた事がなかったからだ。
「なんだよ一体」

輝はそれには応えずに警察官に声をかけた。
「あの、ヒカルくんは僕が送っていきます。ちゃんと責任を持って
家まで送り届けますから」
「子供が子供を送る訳?だめだね。何かあったら責任もてないだろう?
好意はありがたいが、こっちの仕事なんでね。君達も見ず知らずの子供に
構っていないで、そろそろ帰りたまえ」
警察官は全く取りあおうとはしなかった。

輝は未練たらしく警察官を見つめていたが、ダメだとわかると
諦めた。その代わりに子供の所に行ってこそっと話し掛けた。
半腰になって子供と目線を合わせて。

「あのさ。ヒカルくんって言うんだよね?俺もヒカルって言うんだ。
輝くって言う字を一文字書いてヒカル。偶然だけど一緒だね。ヒカルくんは
なんて字を書くの?」
「えっと。ぴかっと光るの光」
「そっか。字は違ってたね。あのね。俺も似たような家なんだよ。
親はあんまりつうかほとんど家にいてないし、俺も一人っ子だし。
よくこの友達らが遊びに来てくれてるから寂しくはないんだけど。
もし光くんが嫌じゃなかったらね、光くんが寂しくなったり、
家出をしたくなったら俺の所においで。
気が楽になったらまた家に戻れば良いじゃん?俺の所に来てるって
書置きはちゃんとしておくんだよ?この前の公園の隣の家だから。
無理に来なくてもいいし、好きにしていいから」

輝は未だかつてないほど真剣な気持ちだった。

それに応えて光がうんと小さく頷いたので、輝はちょっとホッとした。

「じゃ」

輝は少し離れて待っていてくれた同級生達と連れ立って、警察署を後にした。

「なんだよー。輝。いきなり保護者みたくなっちゃって。
あんな無責任ぽいこと言っちゃっていいのぉ?」
「そおだよ。言った手前ちゃんと責任取れなくちゃだめなんだぜ?」
「輝らしくないっつうか。そんなにあの子供が気になる?」
口々に周りが話し掛けてくる。
先ほどまで張り切っていた心がしぼんできて、輝は少しうろたえた。
「ダメ・・・つうか無理?俺変な事言っちゃったかな」

「何言ってんだよ、今更。言った以上ちゃんと受け止めてやれよ」
同級生は打って変わって、そんな「らしくもない」ことをさらっと言った。
自己中のカタマリみたいな彼らでも、あの子供に少しは同情したのか。
向こうも輝のことを意外に感じているようだが、輝自身も彼らを
同様に感じた。

帰宅した家の中で昨日の片付けをしたり、今日の分の家事などを
こなしながら、輝は思考のループの中で模索する。
あの光って子が自分の所に来るかどうかはわからない。
もしきたとしても親代わりになることはできない。
せいぜいが近所のちょっと優しい兄ちゃん、って程度だ。
それでも別に構わないか。気負わなくても。
自分はあの光という男の子に来いよって言った。
だから来て欲しい。
そしてもうあんな強張った顔をしなくて済むようになって欲しい。
へんなことをして周りの大人の気を引くような事をしなくなって欲しい。
自分みたいに誰にも文句のひとつも言えないような、
しょうもない人間になって欲しくない。

誰かの事をこんな風に切に思ったり、願ったりするのが
生まれて初めてのことだということに、輝はまだ気が付いていない。
輝のそれは、光への自己投影のようなものだったにせよ、
肉親の愛が不足している者同士傷を舐めあおう、などと言う
悲哀のこもったものではない。

輝は今みたいに未成年で大人に信用の一つもされないような立場から
早く脱したいと、ふと思った。
高校なんて早く卒業して、自立したい。
自立してしまえば、ひんやりした家の中で、空しく家事を片付け続ける
必要もないし、同い年の人間の言いなりなんかになって、
自分のエリアを荒らされることで嫌な思いをしなくても済むのだ。

ちゃんと自立して光のことを守ってやりたい。
・・・なんていっても、やっぱり誰も賛成なんてしてくれないだろうか。
自分で何か思考したり行動したりした事があまりなく、ただ機械のように
生きてきたものだから、そんなことをたった今自分が考えていた事に
ふと気が付いて、輝はかなり狼狽してしまった。

それでも輝は最初の第一歩を踏み出しつつあった。

来るかな・・・。

一人部屋の中でいろいろ考えているうち、輝は昨日の寝不足もあって
ゆうるりと瞼が重くなってきたのを感じた。
半分寝ぼけながら輝は考える。
来るかな。
光が学校のダチが来てる時にもし来たら。
俺はもうパシリなんてやらない。

偽の兄貴だけど、でもその兄貴がダチのパシリなんてやってたらかっこ悪いな。
今すぐ変わろう、誰とでも対等に付き合えるように。

輝はそうしてゆっくりと熟睡の域に入って行った。

相変わらず輝の家には同級生が集まってくる。
一人ちっちゃいのもやってくる。
前はもっと頻繁に来てたが、兄貴分達に勉強やらゲームの必勝法やら
教えてもらったり可愛がられているうちに、段々子供らしい明るさを得て
来る回数も少しずつ減ってきた。来ると嬉しそうに友達の話などを報告する。
輝の家に来るよりも友達と遊ぶ事の方が増えているようだ。

「輝最近変わったなあ」
ある日輝の家で、クラスメートの一人が言った。
もう自分達の言いなりでもないし、帰るときには「片付けていけよ」なんて事を
言うようにもなったが、それでも輝のうちには誰かしら遊びに来る。
輝が生意気言うようになって、でも前と違ってニコニコしてるから前より居心地が良くなった、
などとうそぶかれた。
そんな毎日が心地いい。光もかわいい。
最近あんまり来なくなって寂しいけれど。新しく買ったゲーム、やりに来ないかな。
土曜日に電話をしてみようか。

インターフォンがなった。輝が出るか出ないかのうちに玄関の戸が開いた。
「こんにちはー」
俺達より少しトーンの高い明るい声が響く。



終わり


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