ヒカル2


おいおい。
俺達、記憶喪失の子供を拾っちまったのか?
冗談だろう〜?
みんな顔を見合わせて途方にくれた。口には出さないが考えている事はほぼ一緒だ。

「け・・・警察に・・・連れて行かなきゃ。捜索願とか出てるかもしれないぜ?」
一人が言う。
「ちょ、ちょっと待てよ。そりゃまずいよ。俺達警察に行くのヤバいよ」
「え?なんで?」
「鈍いなー、お前。こんな酒臭い未成年がこの子を夜中に連れて行ったりしたら
ヤバ過ぎるに決まってるって」
「げぇ〜」
子供も途方にくれているが少年達もめちゃくちゃ途方にくれていた。

「しょうがねえ。子供も疲れているだろうし、今から輝んちで寝かせて、
明日の朝連れて行こうぜ。夜保護したけど、子供が腹をすかせて
喉が渇いて眠かったので、輝ん家に連れて帰って寝かせた、って。
記憶喪失みたいだから家にも連れて帰ってあげられなかったって言おうぜ」

こんな時だけ頭がやたら回る奴がいるものである。
サインコサインタンジェントなんて目にした日にはたちまち頭はがちがちに固まり、
全て頭を擦りぬけて行くだけなのだが。

結局輝の家に連れて帰り、冷やご飯をチンしてふりかけをかけて食べさせ、
牛乳を与え、少年達と雑魚寝になったが寝かせた。
子供はなかなか寝られないようだが、そのうち寝付いた。

次の日の朝。
少年達は警察署に子供を連れて行った。
昨日打ち合わせしたとおりに担当の警察官に話をした。
子供はやっぱり親は覚えてないし名前も家も忘れた、と言った。
心底怯えているように見えた。

警察官が一通り話を聞き終わると話し出した。
「その子供、家出の常習犯なんだ。しかもかなり演出が凝っていてね。
駅で泣きべそかいてさ迷いながら誰かに声をかけられると、
切符を落として家に帰れない、なんて嘘を言って、その見知らぬ誰かから切符代を貰って、
自宅からかなり離れた駅まで行って、街中でうろうろしているうちに保護されたり。
ふらふらと原付バイクの前にわざわざ飛び出て、怪我して相手を慌てさせてたり。
その時は病院でしばらく寝泊りできたんだっけな。相手を犯罪者にしてしまってね」

高校生達は呆然と子供を見つめた。
子供はいつの間にか強張った顔を昂然と上げて、警察官をにらみつけていた。

「これで何度目だっけ。記憶喪失の子供になったのって」

万事休す、そんな状況にもかかわらず、その子供はきつい目つきをして突っ立っている。

「だけどね」
警察官は今度は高校生達の方を見ながら話し出した。
「この子はちょっと可哀想な面もあるんだ」

子供がはっとした顔になった。

「ありがちな話なんだが、両親に問題があってね。高学歴で高いキャリアで
高収入。自分達の仕事に夢中で、可愛い一人息子には全く無関心なんだよ。
この子は家に帰ったら誰もいない。小学校に行っているが放課後は学童クラブに
直行し、夕方家に帰る。家の中は真っ暗。通いの家政婦が夕食を用意してくれてて
それを一人で食べる。寝るまで一人。家政婦が用意しておいた風呂に一人で
入り、一人でテレビを見る。誰とも話す事もない。両親は子供が寝付いた後
帰ってくるからだ。
去年から家出を繰り返すようになった。
だんだんエスカレートして、今回みたいに懲りまくった演出を考えて、見知らぬ人を
いろいろ巻き込むようになった。
だがしょうがないような気もする。家庭事情を考えるとな」

警察官はそこで話を一旦区切った。

「でもそれって・・・虐待とかじゃないんですか?なんとか、って所に依頼したら
調査とかして保護とかできるんじゃなかったですか?」
輝が訊いた。
「ああ、だけど、拘束することはできない。虐待されている子供を全部全部
法律で強制的に保護できるようになったらどんなにいいかと思うが、
そう言う法律はないし、今でも子供の保護施設は満杯で、これ以上増やすのも
難しい。だからこの子程度の虐待は放置される。命にかかわるほどひどい
虐待でも親の合意がないと難しいから」

「そ、そんな・・・っ」

「調査員がアポイントを取ってこの子の家に行くだろ。
そうすると一応両親は対応するが全くのれんに腕押しと言うか。
『うちが虐待してるだなんて、なんてことを。こんなに愛情をかけて育ててるのに。
一人っ子だからといって寂しい思いをさせた事もないつもりですわ』
『家出を繰り返してるんですよ。それも大げさに芝居なんてしたりして。
家庭で全く構われてないから、お子さんは寂しいんじゃないですか』
『そんなひどい。私どもの方がなんでこんな事するの?なんで
お母さんやお父さんを困らせるの?って訊きたいくらいですのよ。
気難しい子供なんですわ。とにかく私達に非はありません』
・・・って全く取り合わない。これでは対応のしようも無いと言ったところでね」
警察官は少し困ったように、そう言った。

「そんな・・・なんとかできないんですか?」
輝は我ながらえらくムキになっていると思った。

「できないね。それは・・・君達が大人になって世の中をいい方向に
変えていってくれたまえ」

自らに酔いしれているかのような馬鹿げて子供騙しなことを言ったかと思うと、
さぁ話は終わりと言うように警察官はニッコリ笑って子供の方を向いた。
「戸田くん。戸田光くん。あと30分ほどしたら本官が送っていく。
ちょっと待っててくれる?」
この警察官は冷たいのか親切なのか、単に事務的なのか計り知れない。
自分が子供だからだろうかと輝は思った。

そういえばこの警察官、子供の事をヒカルって呼んだな。
俺と同じ名前じゃん。
輝はその事で、この子供になんとなく親近感を持った。
似たような境遇に同じ名前。

「輝ー、帰ろうぜぇ。おまわりさんが送ってってくれるみたいだし、
もう用済みじゃん。帰ろうぜ」
後ろから声がかかった。

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