サラリーマンの怪談・奇談/壱 「おいてけぇ…」



ある会社員の男性が、仕事を終えて帰っている途中。
彼は駅を降りて、家まで約15分の道のりを急いでいた…というのも、
寒くて雨が降りそうな気配がしていたからだ。
早く帰って、妻の作ってくれる晩ご飯を食べたいなあ…彼はそう思い、
空腹をこらえて急ぎ足で歩いていた。

とある小路に入り、暗いその細道を歩いていた彼は、やはりとうとう
ぽつぽつと小雨が降り出したのに気がつき、鞄の中に常備してある傘を
取り出した。
そのときのこと、後ろからこの世のものとは思えぬ、薄気味悪い、
か細い声が聞こえてきた。
人の気配がしないのに、声だけが追っかけてくるのである。

「おいてけぇ〜…。お・い・て・け・ぇ〜〜…」

彼はびっくり仰天、あまりの薄気味悪さに今取り出したばかりの
傘をも放り出し、駆けだした。膝はがくがく背中はぞくぞく、
きっと彼が走っているところを見かけた人物がいたとしたら、
あまりの血相に、それこそ腰を抜かしたかもしれない。それこそ今
たったすぐそこで化け物にでもあった顔、といえばいいだろうか。

彼は走りに走って家にたちまちたどり着き、ずぶぬれのまま靴を
玄関に脱ぎ捨て、家族の待つ暖かいダイニングルームに飛び込んだ。

そこにいたのは家族全員のっぺらぼう…ではなくて、彼の帰宅を
待っていたいつもの通りの家族たち。

やがて彼は食事を済ませると、人心地つき、落ち着き、風呂を
あがる頃にはすっかりさっきの出来事は忘れてしまった。

翌朝、彼はまた機嫌良く、出社すべく家を出た。
いつものルートを通り、例の小路にやってきた。ふと彼は昨日の
出来事を思い出し、心底ぞくっとした。
だが彼がそこで見た物は・・・。
傘をさしかけられた段ボール箱一つ。

箱の中には子猫が2匹。

段ボール箱が雨に濡れてしまっていたなら子猫たちはこの寒さ、
きっと死んでしまっていただろう。一体どこのどのような霊(?)が
そのような摩可不思議な親切心を持ってこのようなふつうには
起こりそうもない出来事をを起こしたのであろうか?
会社員はなんだか感動して傘はそのままに駅へと向かったのである。

会社員は後日、その小路の傍に住むある家のご隠居がつい先頃
亡くなったことをきいた。
偏屈で人間嫌いだが、無類の動物好きで小動物には優しかったことを
聞いた。
亡くなっても、小動物がつらい思いをすることを耐えかねて、
会社員の所に出てきたのであろうか?
彼は少しほっとして、優しい気分になった。だが2度とその小路は
通らなかったけれども。

終わり



サラリーマンの怪談・奇談/弐「ふるやのもり」



ある会社員がついに自分の家を買った。中古で、前に住んでいた
住人が泣く泣く手放した競売物件の家だった。
その住人というのは小さな会社を経営していて、
手堅く、誠実に商売をやっていたのだが、取引先に不渡り手形を
つかまされて倒産させらたという。まことに不運な話で、
いつ何時自分もリストラにあうかわからないようなこのご時世に、
身をつまされるような気がしたが、だがそのおかげで
その会社員はふつうなら買えないような、そのすてきな家を、
格安で手に入れることができたのである。

もちろん身内から不満がなかったわけではない。
元々妻は彼に対して小馬鹿にしたような節があり、文句が
多かったのだ。
だがどう考えてもその家は魅力的だった。洋館風なことと、
部屋数が多いこと、庭が広くて花や木が美しいこと、そんな
こんなで妻も見栄を張れることの魅力に負けて、とうとう折れた。
住みはじめて何年か、快適で楽しい暮らしが続いた。
マンション暮らしの時よりも家族が仲良くなったような気がして、
会社員も大満足だった。休みの日のガーデニングや、バーベキュー。
家に客を呼んでのちょっとした持ち寄りパーティ。
家庭が充実しているからか、仕事にもやる気が出て、会社での
周囲の評価も上がり、彼にとってはすばらしい数年間だった。

ところがいつ頃からだろうか。家の中にいろいろ不思議なことが
起きるようになった。
居間のひとつの壁がびしょびしょに濡れていたり、台所の床に
水たまりができたり、一つだけある畳敷きの部屋の、畳がぶよぶよと
くさったようになったり、寝ていると、シュルシュルシュル・・・と
言う妙な音が聞こえたりした。

家族の皆も、夜中に妙な夢を見てうなされることが続き、次第に
気味悪がって、会社員に文句たらたらいうようになった。
当然といえば当然なのであるが。
彼は一念発起して、専門の業者を呼び、水漏れしているところが
ないか、徹底的に調べてくれるように依頼した。
業者はあちこちたたいたり、床を上げたりして調べてくれたが
なかなか原因が分からなかった。

妻はこっそりとそりゃそうよ、もっと薄気味の悪い亡霊かなんかの
たたりなのに、あんな水道業者を呼んで何がわかるのよ、と
舌打ちして夫に毒舌をまき散らした。

そんなある日、業者が一階のある部屋の床をはがしてあげたときの
ことである。あっと声を上げた。
そこには昔火鉢に使っていたのだろう古くて大きな鉢があり、
その中に白い小さな蛇がとぐろを巻いていた。かなり弱っていて
もう虫の息であった。会社員は思った。
「この蛇はきっとふとした拍子に鉢に入り込み、鉢の縁が中に
入り込んでいるせいで出られなくなったに違いない。
この蛇が助けて欲しくていろいろな現象を出していたのだ…」
彼は鉢ごと抱え上げて、呆然と見ている彼の妻の傍を通って庭に出た。
広い庭の片隅の、少し日陰が多くて、湿り気の多い、藪のように
茂っている所までくると鉢から蛇をそっと出してやった。
片手の上に蛇を置きもう片方の手で蛇をさすってやって、
「済まないことをしたなあ。さぞかし苦しかっただろう。
何とか元気になっておくれ…。どうか死なないでおくれ。
この庭は広くて気持ちのいい庭だ。どうかここで心ゆくまで
暮らしておくれ。苦しかっただろう。
元気になれると良いなあ…」
彼は懸命にさすって話しかけた。白蛇は弱っていた。だが彼は
必死に祈った。

ふと何かの気配がして顔を上げると、目の前の藪の中から
もう一回りかふた周りか大きい白蛇がこちらを見ていた。
見事な美しい蛇だ。彼は小さい白蛇をそっと苔の上に置いてやった。
「迎えに来てくれたのだなあ。これで大丈夫かもしれないなあ。
大きな白蛇よ、済まなかった。心配しただろう。
私は苦しめようと思って、鉢に閉じこめたのではないことを
わかっておくれ。今返しに来たよ。うらまずにどうか、
これからも仲良くここで暮らしてくれよなあ」
それだけ言うと彼は立ち去った。2匹の蛇がこちらをじっと
見ているのを感じながら。
彼は家人の所に戻ると、もう大丈夫だろう、悪いことは去った、と
言った。
妻は不思議そうな、胡散くさげな目つきで彼を見ていた。
だが本当に、それからはぴたりと薄気味悪い出来事はなくなった。
特に良いこともないが、悪いこともない。
だが家族が仲良く元気に過ごせればいい。
会社員はそう思って、時々白蛇の親子を思い起こして、
恙なく暮らしたという。


終わり


サラリーマンの怪談・奇談/参「きつねにょうぼう」



ある会社員がいた。気の優しい、出世欲などほとんどないような、
おっとりした若い男で、北海道などを一人旅するのが趣味だった。
いつも物静かで自分から発言することなどあまりなく、
いるのかいないのかわからない、などとよく悪口をたたかれたりしたが、
彼はあまり気にもとめなかった。
おそらく自分という物をしっかり持っていて、マイペースを保つことを
よしとしたからであろう。

ある夏彼は北海道に行った。
その旅の途中で彼はけがをしたキタキツネを助けた。
別段特に良いことをしたい、と思ったわけではないが、とにかく
そのけがをした狐が倒れているのを見て、助けずにはおれなかった
のである。彼がリュックサックを背負ってののんびりした個人旅行で、
そのリュックサックの中に応急手当の道具が入っていたのが
良かったのである。

彼はキタキツネを助けて2,3日もするとすっかり狐のことなど
忘れて、旅に夢中になった。北海道はいつ来ても良いなあ…。
彼はしみじみ思った。
それからしばらくして彼にとってはとても朗報だったのだが、
異動で北海道に転勤になった。それからしばらくして住んでいる
アパートの隣の部屋に若くてとても美しい女性が引っ越してきて、
妙なことから知り合いになり、やがておきまりのように、恋へと
発展していった。やがて彼はその女性に求婚し、受け入れられ、
二人で(二人とも天涯孤独の身だったので)結婚式を挙げた。

まもなく二人の間には赤ん坊ができた。とてもかわいらしい
かわいらしい赤ん坊で、二人で協力しあって、それはそれは
かわいがったのである。彼は妻のことも子供のことも大変愛し、
とても大事にした。妻も
彼のことも子供のことも大変大事に
してくれた。

とても幸せな時が流れた。

ある日会社で仕事をしているとき、彼の元に妻から電話が入った。
「子供が高い熱を出しているので今から大きな病院に連れて行く。
遅くなるかもしれない」と言う連絡だった。

彼は非常に心配しながら帰宅したが妻も子も帰宅していなかった。
病院に行ってみたがそう言う親子は来ていないと言われた。
また別の病院を当たってみたがどこにも自分の大事な妻子は
いなかった。気が狂いそうになるくらい、愛する家族を思って
あちこち探してみたが、どこにいるのか、どこに行ってしまったのか、
全く見つからなかった。
彼は憔悴しきって、病気のようになってしまった。会社に行っても
うつろで何も頭に入らないので、しかられてばかりいた。

そんなある日彼は地元の新聞をふと手に取った。いつもなら読みも
しない、会社でとっている新聞である。彼はある記事が目に付いた。

「キタキツネ哀し」

読んでみると数ヶ月前地元のある人が不思議な光景を目にしたという。
彼女の前を歩いていた、幼な子をだいた女性が車にはねられたと言う。
女性はたいそう急いでいて、わき目もふらずに歩いていて、
車が前から飛び出してくるのに気がつかなかったらしい。
目撃した人があ!っと叫んで目を閉じてしまい、また開けたところ、
なんということであろうか、幼な子を大事に守るようにして
丸くなっているキタキツネが傍に横たわっていたという。

キタキツネは死んで、幼な子は病気だったので、病院で手当を
受けて治った後、乳児院に引き取られたという。目撃した人は
涙ながらにその不思議な出来事を語ったという。
…そんな記事だった。


彼は読みながら突っ伏して大声を張り上げて泣いた。泣いて泣いて
人目もはばからず、泣いた。目がとけて無くなるのではないかと
思うくらい泣いた。悲しくて、悲しくて、妻に会いたくて…。
彼は新聞社に電話を掛けた。あまり本気で相手にされなかったが、
乳児院のあり場所は教えられたので子供を引き取りに行った。

その後警察に行ったりあちこち走り回ったが死んだキタキツネが
どうなったか覚えている人はいなかった。またひょんな事から
行方がわかるかもしれないと、彼はあきらめはしなかった。

それから会社を辞めて、もう少しだけ北の方に子供と一緒に
移り住んで、小さな運送会社の配達員の仕事をしながら、
質素ではあるが、子供を慈しみ、愛情を注いで、妻の忘れ形見として
大事に大事に育てた。二人で静かにひっそりと暮らしたという。

 終わり。 






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