今井さん、郡山さん、高遠さん、無事解放されて、本当によかったですね。

 よく考えてみると、アメリカはイラクの人びとを人質に取り、ファルージャで
は600人も殺害しているのです、子どもや女性、非戦闘員までも!!

 政府はイラクは危険だから行くな、と言います。しかし、世界のジャーナリス
トの監視と発信がなくなったら、アメリカによる殺戮は益ます凄惨の度を加える
でしょう。

 私たちには、アメリカにこんなことをやめさせ、自衛隊を撤退させる責任があ
ります。

 多くの方がたに、事実を知って欲しいので、いつもは [TUP速報] を送らない
MLにも、送りました。是非、広めて下さい。

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 前回のTUP速報で、「一時停戦中のファルージャより」を流しました。
ファルージャの大量虐殺は、ベトナム戦争のソンミ村の大虐殺に例えられる
ほど、世界中に衝撃を投げかけています。
 ここでは、別の二人の記者からの現地レポートを訳出しました。

                     (パンタ笛吹/TUP)

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米軍はファルージャ市民を虐殺している
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

              ダール・ジャマイル
              4月13日 アンチ・ウォー掲載

 ファルージャではここ数日間、市全体が米軍により包囲され、水も電気も
ないまま、一般市民が「集団処罰」を受けているという。なのにマスコミは
その惨状をほとんど報道してはいない。
 実際、ファルージャ市内で取材している記者は、たった二人しかいないの
だ。私は現場で起こっているだろう残虐行為をこの目で見て世界中に報らせ
るめ、ファルージャに行くことにした。

 バグダッドの友人たちの助けもあり、私たち世界各国から集まった小さな
グループは、医薬品などの人道支援物資を大型バスに積んでファルージャに
向かった。いつまた始まるか分からない次の虐殺の前に、負傷者たちをバグ
ダッドの病院に連れ帰ることも、このバスの目的のひとつだった。

 いまとなっては、バグダッドを離れるだけで危険きわまりない。米軍はヨ
ルダンまでの道路を封鎖している。ハイウェーでは爆破されたタンクローリ
ーが道路わきでくすぶっていた。また、抵抗勢力の攻撃を受けたばかりなの
か、まだ黒煙をあげている米軍の巨大なMー1戦車の横も通り過ぎた。
 途中、道路わきの小さな家から子供が飛び出し、バスに向かって、「ぼく
らは死ぬまでムジャヒディン(聖なる戦士)なんだぞ!」と叫んだ。

 最初の米軍検問所では、米兵たちはすでに30時間ぶっつづけでそこにい
るとぼやいていた。兵士たちから車内検査をされたあと、バスはファルージ
ャに向かった。そこでも道路わきに、破壊され放置された武装軍用車があっ
た。
 ちょうど近隣の村人が、その軍用車からたくさんの箱を略奪し、運んでい
るところだった。路上には他に車が走っている様子はなく、それはまさに殺
伐とした風景だった。

 いったんハイウェーの検問所から離れると、もうそこには米軍の姿はまっ
たく見えなかった。私たちは、ムジャヒディンが米軍から奪還した領域にい
るのだ。
 バスが農道を通過する間、イラク人とすれ違うたびに彼らは、「ファルー
ジャに行くのか? 神の祝福があらんことを!」と叫びかけてきた。すべて
のイラク人が私たちのバスに向かって手を振ったりピースサインを出したり
した。

 町に近づくにつれ、道路わきの子供たちがパンや水を、無料で人々に渡し
ているのを見た。子供たちは平たいパンのかたまりを、バスの中の私たちに
も気前よく投げてよこした。
 これらイラク人たちの隣人愛というか親しく接待する気持ちは、信じられ
ないほどだった。彼らはみんな私たちを歓迎してくれているようだった。

 ファルージャに到着するなり、市内から巨大な爆煙がのぼるのを見た。
米軍が大きな爆弾を投下したのだ。「一時停戦」なんて、あったものではな
い。
 ファルージャ市内は、ムジャヒディン戦士たちがそれぞれの街角で待機し
ている以外は、ほとんどもぬけのからだった。ここは、戦闘中の街なのだ。
 私たちのバスは、イタリアのNGOから託された医薬品を届けるために、
町中の小さな医院に向かった。
 
 街でいちばん大きな病院は、そこに出入りしようとする人々を米兵が狙撃
するので使えないし、もう一つの病院は米軍がすでに爆撃したので使用不能
だ。いまファルージャで機能しているのは、二つの小さな医院だけだった。
それはこの医院と、もうひとつは車の修理工場内に設置した臨時医療所だ。

 私がその小汚い医院にいる間に、米兵に撃たれた女性や子供たちがひっき
りなしに運び込まれた。ひとりの女性は首を撃たれ、息をするたびに妙な音
をたて、苦しそうにもがいていた。
 同じく首を撃たれた小さな子供は、医者が必死で命を救おうとする間も、
うつろな目を空に向けて、口から何かを吐き続けた。30分たったころ、医
者は二人の命をあきらめざるをえなかった。
 外では狙撃の音が断続的に続いていた。米軍の侵略行為で傷ついた犠牲者
が次々に運ばれたが、そのほとんどが女性や子供たちだった。

 夕方、モスクのスピーカーから「ムジャヒディンは米軍の軍用車隊のひと
つを壊滅させた」との放送があった。すると町中から歓声があがり、お祝い
の銃声が道々にとどろいた。
 そしてモスクから祈りの詠唱がひびきわたると、この町の人々の決意と自
信がひしひしと伝わってきた。

 11歳の小さな少年は、自分の背丈ほどもあるカラシニコフ銃を手に持ち
医院のまわりを警護していた。彼は銃撃戦になるのを恐れてはいなかった。
米兵はこの11歳の少年と戦うことをどう感じているのだろう? とふと思
った。
 次の日も、ファルージャを去るときも、私はいくつかの少年のグループが
ムジャヒディンとして戦っているのを見た。

 医薬品を医院におろしたあと、私は3人の友人といっしょに、まだ動いて
いる救急車で、路上の負傷者を乗せて連れもどることにした。その救急車の
フロントガラスには、すでに三つの弾痕があった。米軍狙撃兵が救急車のイ
ラク人運転手の頭を撃ったのだ。
 外では爆撃が散発的に爆発し、銃撃の音がしばしば聞こえるなか、今度は
私たち外国人が救急車に乗っていれば、米兵も狙撃しないだろう。そうすれ
ば、路上で苦しんでいるイラク人負傷者を助けられると思ったのだ。
 
 夜になると、私たちは地元民の家に泊まった。そこの家主は、自分がここ
数日間に撮影したビデオを見せてくれた。次々に出てくる、血まみれになっ
て殺されたファルージャ市民たちの映像・・・中でもひどかったのは、お乳
を吸っていた赤ちゃんが、母親の胸から引き剥がされ、海兵隊員によって、
無惨に殺されてしまった姿だった。。

 私がファルージャにいる間中、ひっきりなしに聞こえてきたのが米軍が放
った遠隔制御無人戦闘機のブーンブーンという音だった。夜、私たちがから
っぽの街路を宿泊所まで歩いていくときも、無人戦闘機は私たちの上空を飛
びながら、いくつかの照明弾を発射した。
 私たちは走って近くの壁に身を隠した。クラスター爆弾を落とされるので
はないかと恐れたのだ。
 地元民の話では、今夕、医院に最後に運びこまれた二人の犠牲者は、クラ
スター爆弾でやられたそうだ。二人の体は引きちぎられ、恐ろしいくらいに
焦げていた。

 翌朝、友人の女性は、また救急車に乗って、米軍に狙撃され傷ついた老人
を医院まで運び込んだ。この老人は自分の家の前で撃たれて倒れたのだが、
その妻と子供は、さらなる狙撃を恐れて外に出られないので、家の中から、
外で苦しんでいる老人に向かって泣き叫んでいたという。
 病院に着いたときには、老人の体はすでに硬直していて、その傷口にハエ
がたかっていた。

 状況はひどくなるばかりだ。米兵からは「掃討作戦」が始まるので待避せ
よとの警告も受けた。私たちはバスに乗せられるだけのイラク人負傷者を乗
せてバグダッドに向かうことにした。
 帰りの路上では、もっと多くの米軍用車が「自由の戦士」たちに撃破され
て、黒煙をあげていた。
 
 私がこのレポートで伝えられることは、ファルージャではマスコミが伝え
ているような「停戦」など履行されていないということだ。イラク人の女性
や子供が米狙撃兵によって、撃たれ続けているのだ。
 ファルージャではすでに六百人が、アメリカの侵略により殺された。住民
は二つのサッカー競技場を集団墓地にして、次々と死体を葬っている。
 
 そしていま、米軍は最大スケールの侵攻を再開しようと準備している。
四人の米国人警護員(実際は傭兵であり、住民に憎まれている非公式の戦闘
員)が殺されたので、その犯人を捕まえるためにという口実で、これらすべ
ての惨劇が起きているのである。

               
                 (抄訳・パンタ笛吹/TUPチーム) 

http://www.antiwar.com/orig/jamail.php?articleid=2303
(訳者注・上記のURLで、記事にそった写真も見られます)


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ファルージャ大虐殺
・・・・・・・・・・

             イーワ・ジェシウィック
             4月11日 オキュペーション・ウォチ掲載

 米軍はファルージャで、クラスター爆弾や大砲を使って、罪もない女性や
子供たちをすでに数百人殺した、と現地の目撃者は告発している。その残虐
さは、イスラエル軍によるジェニンの難民キャンプでの大量虐殺よりもひど
いと描写する人々もいる。
 筆者はこの3日間、ファルージャから負傷者をバグダッドに運び出した友
人たちと電話で話した。ここに彼ら3人の証言を書きつづることにする。

*イタリア女性、ポーラ・ガスピローリの証言
 
 ファルージャでは大量虐殺が行われています。すでに470人が殺され、
1700人以上が負傷しています。停戦など、実際には履行されてはいませ
ん。市民の中で、女性や子供たちの多くは街を逃げ出そうとしています。
 バグダッドへと向かう橋も、米軍により破壊されました。米軍は救急車に
まで発砲するので、路上の負傷者を病院に運ぶことさえできません。
 私はもっとイラクにいたいのですが、危なくてこれ以上ここには居られま
せん。すでに外国人が27人も人質にされています。イタリア人の私も誘拐
の目標になっているんです。私は飛行機でアンマンに飛びます。

*今日、そしてこの数日間、ファルージャにいた友人男性の証言

 私たちはこの目で見たんです。ファルージャから逃れた何千人という人々
が、13キロメートルにものぼる車列を作ってバグダッドを目指したのです
が、砂漠で立ち往生しているんです。そして米軍は、その難民たちに向かっ
て爆撃しているんです。 米兵はイラク人家族たちを攻撃しているんです!
子供や老人や女性たちが、砂漠で米軍に痛めつけられているんです。

 ファルージャ市内では、米軍はB52爆撃機を使って、爆撃したんです。
彼らは病院も爆破しました。別の病院に傷ついた子供がいたのですが、その
子の家族25人が全員、爆撃で殺されたんです。
 米軍は空からクラスター爆弾を落としています。クラスター爆弾は地上で
3ー4メートルジャンプするんです。街の路上では殺されたイラク人がころ
がっています。米軍は「停戦する」と言いながら、また空から攻撃を仕掛け
てきたんです。

 これは大量虐殺です。どうか助けてください。世界中の人々に、大使館に
抗議するように頼んでください。私たちには外国人が必要なんです。外国人
ならここで何かできます。
 私たちはこの3−4日間、ほとんど眠っていません。明日は外国人たちで
米軍の検問所に抗議に行きます。

*イギリス人ジャーナリスト、レイ・ゴードンの証言

 ここはもう狂気のさたです。私は自分の命がどうなるかも分かりません。
外国人は徐々に殺されて行くでしょう。ファルージャのイラク人たちは、ど
んどんと絶望の崖っぷちに立たされています。
 彼らの母親や父親や家や犬や猫や・・・すべてが爆撃されたら、イラク人
たちは外国人を襲いはじめるでしょう。

                (抄訳・パンタ笛吹/TUPチーム) 

http://www.occupationwatch.org/


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TUP速報
萩谷 良 hagitani ryo
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*読者の方からのお問い合わせもたいへん多くなりました。ありがたいことで
すが、ご返事をさしあげられない場合もあります。その場合は、どうか、ご容
赦ください。


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