青い月赤い月




ある星があって、二つの大陸と、二つの民族が住んでいた。それほど人口は多くなかったが、高い文明を持ち、すばらしい自然に囲まれて、多くの人が豊かに幸せに暮らしていた。もともとひとつの民族が、ある時期に二つの大陸に別れたため、どちらの大陸の民族とも、似たような明確で堅固な身分制度が存在していて、王、貴族、僧、博士(科学者、文人、詩人も含む)、戦士、平民、などに分かれていた。
 あるとき些細なことから両民族間に戦争が起こった。もともとひとつの民族だったことから、どちらが本来であれば正統な王権を持っているかをめぐって戦争が起きたのである。
 片方が、非常に古い家系図を示して自らの正統性を示せば、片方は両家が分かれる前から伝わる、正統な王位継承権の持ち主であることを証明する秘宝を示し、片方が王城の地図を持ち出して、ひそかに隠された宝のあり場所を知っているのは自分の王家のほうで、それを知っているということがまさに正統性の表われだと声高に叫べば、片方は、先祖代々から一子相伝で王家の占いを続けている祭司を引っ張り出してきて、相手方にそのような司祭がいないことを理由に、自分たちの正当性を言い立てるのだった。 
とにかくどこまで行っても埒があかぬことと、もともと古くは同民族で、それによる長年蓄積されてきた近親憎悪とが重なって、その結果血なまぐさい戦となり、戦士階級が自らの名誉のために、そして誓った忠誠心のために、心を凍りつかせて戦地へと赴いていったのだった。長い戦いになる、誰もがそう予測した。
  
実際戦は長引いた。戦うふたつの力は拮抗しており、いつまでたっても決着はつかないのだった。ある前線である小部隊を全滅させたと思えば、またわらわらとちがう小部隊が出てきて戦いを続け、逆に相手の小部隊を全滅させ、またそうかと思えば全滅させられた小部隊の敵討といわんばかりに、また別の小部隊がわらわらと出陣する、といった風で、戦士階級に、人口の上限はないのか、と想えるほどであった。
 実際は血なまぐさいおどろおどろしい、最悪の戦争であったが、そこは時の権力者、王位継承権をめぐって争っているからにはとりわけ自分に都合のよい美談を後世に残さねばならないとばかりに、文人階級の中から特別な詩人の階級を出現させ、戦記を記述させ始めたのだった。 
 彼らの仕事は、どこの戦場で誰がとりわけ勇敢に戦い、我らが王のために戦死したか、その戦記を詩の形態でつづっていくことであった。彼らは戦地からの情報に基づいて、その個々の死について思いをめぐらせることもなく、ただひたすらありったけの美辞麗句を並べ立てて、終わりのない戦記を黙々と書き綴っていくのだった。
 
 戦争はずいぶん長かった。両方の国は疲弊しきり、国土は焦土と化し、誰もがつらく苦しい思いをするようになった。それでも戦争は続くのだった。誰がどのようにして、何のためにはじめたのかも忘れられるくらい長く長く戦争は続いた。そしてすでに戦士階級に加えて、平民からも戦に借り出されるようになったのは、幾十年経ったときであっただろうか。
あるとき、ひそかにこの星を脱しようと決めた科学者や文人のグループがあって、ごく秘密裏に宇宙船を仕立て、先人が残したすばらしい文明の証となるようなさまざまなものや、書物を多数乗せて、その家族らとともに、脱出した。「さらば、わが母なる夜明けの薄紫色の美しい星よ」・・・かれらはそう自分たちの星を涙ながらに仰いで、脱出したのだった。
 彼らが脱出したのは自分たちの生命のためではなくて、彼らの崇高な科学と芸術と、哲学の精神が、自らの消滅を嘆くためであった。星は、すでに人口全滅の危機に瀕していた。些細な争いがなぜこのようなひどい、最悪の事態に陥ったのか。双方の王が権力者として、賢明でなかったため、という者もあれば、運命だったのだという者もあった。
 ともかくも彼らは自分たちの美しい「夜明けの薄紫色の美しい星」が失われ、そしてそこで築き上げてきた素晴らしい文明が失われることを嘆き悲しみ、そしてその星を去ることをも嘆き悲しんで、宇宙船に乗り込んだのだった。
 行き先は、彼らの星の衛星のひとつ。青い月だった。
青い月。彼らの星には、衛星が二つあり、片方は青い月、もう片方は赤い月と呼ばれていた。青い月には彼らの星よりはずいぶん引力などが弱かったが、それでも大気と水が存在し、何らかの大掛かりな手を加えれば住めないこともなかった。彼らはもてる全ての叡智を結集して、そこを自分たちの住める、そしてより住み心地のいい星にしようと願うことにより、長い年月をかけて少しずついろいろなものを建設したり、改良に改良を重ねたりして、「彼らの星」を作り上げていったのだった。

青い月に移住した連中は、自分たちの母なる夜明けの星との連絡可能な通信ルートをひとつだけ確保してそこを離れたのだが、それは彼らの苦しみの元だった。彼らには手にとるように、彼らの母なる星のありさまが伝わってきたからだ。それでなくとも、母なる星の夜の部分で光る爆発・・・最新兵器の投下と、その下で燃え上がっているであろう戦火。そしておびただしい死・・・そういうものを毎日目の当たりにさせられているのだった。
 彼らは自分たちが故郷を捨て、そして新たなる大地を建設しつつも心は凍りつくほど寒く、決して前向きな精神にはなれないのだった。あれほどまでに崇高な精神を持って脱出したにもかかわらず、そして素晴らしい文明を持っていたにもかかわらず、いかに叡智を結集しようとも、何をどうすることもできないのだ。いったい自分たちは何を望んで、何がどう変わると期待して、彼の地を去ったのであろうか?
 ある日、母なる星からの通信が突然途絶えた。その回線はもはや何も伝えてこなくなった。ただひたすら沈黙があるのみだった。見た目には星ではいまだに戦争が続いている。あの夜の部分で光りつづける戦火。それがそのことを示している。青い月の人々は震撼した。いったい何が起きたのであろうか?通信衛星の故障?それとも回線の老化?それとも・・・?
 彼らは暗黙のうちに何かを悟った。とうとう終わりがきたのか?だがあの戦火は何?あれは・・・幻?
 青い月でも異変は起きつつあった。時の権力者の発言によって、彼らは科学に対して背を向け始めた。月での暮らしは安定し、メンテナンスのための一部の技術者と、医者、農業学者などを除けば、もはや発展などなくてもよいではないか。むしろ大事なのは、母なる夜明けの星で、昔の学者たちがいかなる偉業を成し遂げたか、今ここで振り返り、その素晴らしい哲学や歴史を再び学びなおすことだ。そういう風潮が強まり、特に哲学や歴史、
宗教学、占星術などが重要な学問と位置付けられたのだった。新しい思想や、新しい科学よりは追想、回顧の精神が重要な時代となったのだった。
 
 彼らが移住してから何百年がたったときのことだろうか。何も変わらず、平穏な日々が続いていたある日、ちょっとした出来事があった。月の海に小型宇宙船が到着して、浜辺に見たこともないような姿かたちの異邦人、いや異星人が降り立ったのだった。
 その人は、青い月の人々よりもかなり背が高く、また彼らとは容姿のデザインがかなりちがっているように思われた。言葉も違っていたようだが、彼は何かをいじくると、彼らのわかる言葉で話し始めた。青い月の住人がぞくぞくと浜辺に集まってきた。
「私はこの星系の旅人。あちこちの星々を放浪して歩いている詩人・・・だがこんなに恐ろしい体験をしたのは初めてだった・・・。」
彼はそこで身震いをした。心底震えているらしかった。
「あなた方のこの青い美しい星から見える、あの薄紫色の星、あそこに私は旅しに行った」
 浜辺で波の音のようなざわめきが起こった。 
「そこで私は何を見ただろう?それは鳥肌が立つような出来事。私は地面に降り立つこともほとんどなく、命からがらあの星を飛び立ったのです。燃料補給もならぬまま、それこそ・・・」彼は座った。立っていられないほど疲労困憊しているらしかった。
「あの星にはもはや誰も生存していない。でも人はいる。目に見えている。彼らは懸命にひたすら戦いを続けていた。血を流し、目の前で死に行くものもあれば、大声で叫びながら敵陣に突っ込んでいくものもあれば、上空には戦闘機が飛び交い、爆弾を次々に投下するのすら見えたのです」
「何度もいうが、彼らはひたすら戦いつづけていた。そして私が降り立ったそばの建物・・・壊れかけたコンクリートの建物。この中で、数人の男たちが、女のような格好をした男たちが、なにやら書き物を続けていた。彼らのもとには時々連絡兵と思しき人物が来て戦地の状況を伝えているようだった」
「とてもリアルなのだが、それは全て幻だった」
 青い月の住人たちは固唾を飲んで、真っ青な顔をして、その異星人の話を聞いていた。
「それは亡霊たちの、戦争で討ち死にしたもの達の見せる、幻だった。星を取り巻くのは、大気ではなくて、怨念で、私が恐ろしい出来事に気が付いて逃げようとするとそれに気がついた怨霊たちはいっせいに戦いを止めて、私を憑り殺しにきたのだ・・・」
「私が宇宙船を発進することができたのは、まったく奇跡のような気持ちがする。
私はあなた方が、あの星のかつての住人だったのなら、あの霊たちを鎮めにいかねばならないと思います。安らかに眠りにつき、そして永遠に休むことができるよう、慰撫する祀りをしなければならないと思う。それが故郷を捨てたあなたたちの勤めだと思うのだ・・・」
 そして彼は宇宙船の中に戻っていった。宇宙船は静かだった。彼は休んでいるのだと思われた。
 青い月の住人たちは故郷を離れて幾百年かたって初めて自分たちの星についての真実を知ったのだった。なんと言うことだろうか。そしてあの旅人が語った、青い月の住人たちは亡霊たちの魂を慰めねばならない、というあの言葉・・・。
 青い月では、政治的指導者や祭司、占星術師、歴史学者、古文献研究者、祈祷師などが集まって、どのように処理したらいいかの話し合いをはじめた。
 一番主だった意見は、彼らの祖先が乗ってきた宇宙船に、祭司や祈祷師が乗りこんで故郷の星に行き、そこで力を合わせて祈ったり、鎮めの儀式をするというものだったが、いかんせん彼らはいったん科学を捨ててしまったので、宇宙船の操縦の仕方や宇宙での初歩的なルールなど何一つ知らない。それは歴史学者や古文献研究者が古い宇宙化学について書かれた書物を研究することになったが、それはさておき、同じころに大変な事実が発見されてその計画は頓挫することになってしまった。
 それは何かというと、彼らのうちの何人かが古い古い、彼らの先祖たちがここにやってきたときに使用した、宇宙船が保存されている格納庫に行ったときのことだった。彼らはそこで途方もなく大きな宇宙船を見た。そしてその中に入り込んだとき・・・。気楽な気分で使用可能な状態か、少々手を加えて、燃料を補給すれば使えるかどうか、見に行ったのだが(そもそも何の知識ももたぬのに、なぜそのようなことをしたのか、単なる責任感からなのか、よくわからないが)、彼らはそこに、巨大な操縦席や、操縦桿、操作盤を目の当たりにしたのである。
 それはどういうことかというと、彼らは数百年のうちに、少しずつ少しずつ、縮んでいったらしいのだ。月の大きさにあわせてか、月のそれよりも濃厚で、より母星に近い大気の状態を保つために作った、月の上を覆ういくつかの「ドーム」の大きさにあわせてか、彼らは知らぬ間に、少しずつ背丈が小さくなっていったようだった。
 彼らがなんとか操縦席に座ったとしても、操縦桿には手は届かない。操縦盤を見ることもできない。気が付けば彼らにとってその宇宙船は、到底手の届かないものになっていたのだった。
 そういえばあの詩人も、やたらでかかった・・・。誰かがそうつぶやいた。あの詩人に仰げば、いい方法がわかるかもしれない・・・彼らは海へと急いだが、そこにはもう、放浪の詩人の宇宙船は陰も形もなかった。あの詩人の登場は幻だったのだろうか?そう思うほど、すぐに立ち去ってしまったらしかった。
 彼らは宇宙船を使わずに遠距離操作でお祓いをする方法はないか?という議論をはじめた。そもそも宇宙船を操作してあの星に戻ったところで、あの巨大な土地に、あふれ返る亡霊をどうすることができよう?どんなに力を合わせたこととて、逆に憑り殺されたり、気が狂ってしまうぐらいが関の山ではないか?そんな恐ろしい目にあうなら、遠距離操作の除霊方法を考えようではないか。
 だが彼らにどんな知恵があっただろうか。青い月を代表するようなブレインたちが集まって、専門知識を披露しあってどうすれば可能か、話し合いを続けたが、誰もやったことがないことゆえ、いつまでたっても結論は出ないのだった。巨大な鏡を作るとか(その鏡を作る技術がない)、古文献を読んで、小型無人ロケットを作ってその中にお経をいっぱい詰めて打ち上げるとか、うら若い美しい乙女を何人も集めてやはりロケットを作って打ち上げて、彼女らを送り込んで人柱にする、とかまったくひどい、荒唐無稽な意見がどんどん出てきて、現実味の乏しいくだらない会議がいつ果てるともなく延々と続くのだった。 その間も青い月から見える故郷の星では、悲しい亡霊たちの戦が繰り広げられているのがよく見えた。そして青い月の住人たちは深い悲しみを覚え、そして自分たちの運命をのろいながらも、まったく解決能力を持ち合わせていないゆえに、実りのない話し合いをひたすら続けるのだった。 

 そのころ、夜明けの薄紫色の星では亡霊たちが延々と戦いを続け、青い月では指導者や学者たちが延々と話し合いを続けているころ、この星系は、ある流星群の中を通過しつつあったが、そのことに気づくものはもちろん誰もいなかった。
 あらゆる星に隕石がぶつかり、その影響が出始めていた。亡霊の星にもたくさんぶつかっていたが、生命のほとんど途絶えてしまったこの星にはそれほど影響はなかった。青い月には幸い、ドームに激突するようなことは奇跡的になかったが、それ以外の地に隕石がぶつかることはしばしばあった。彼らはしばしば地震を感じたり、天候が変化するのを感じたが、その原因を究明することはできなかった。神意によるもの、と解するのがせいぜいだった。
 もうひとつの衛星、赤い月では、大きな異変が起きていた。3つの星の中で、一番隕石を受けることが多かったのだ。その結果、今まで沈黙していたその星は、外からの刺激によって、火山活動が誘発され始めた。あちこちで火柱が上がり始め、地表はうねり、溶岩を垂れ流し始めた。
 赤い月は、ずっとずっと昔、まだ薄明の星が穏やかに高度な文明を維持していたときに、人工衛星の基地などが設けられていた。自分たちの星や恒星や、青い月、宇宙のさまざまな事象を天体観測するための基地や軍事衛星の基地などが多く設置されていた。それらはもう長いこと、必要とされることもなく、沈黙を保って、朽ちていっているところだったが、この火山活動によって、めちゃくちゃに破壊されていった。

長い長い年月が経った。気の遠くなるような長い年月だった。
 薄明の星は、もはや亡霊すら見当たらない、暗闇の星となり、青い月にも人はいない。壊れた人工物も、太古に存在した自然ももう見当たらない。何が起きたのかは誰にもわからない。星だけが知っているのかもしれない。

 赤い月では火山活動が活発に続いていた。不思議なことに溶岩の中にある種の動きを持つタンパク質が表われ始めた。また地表はガスや水蒸気が覆われ始めていた。新しい生命の始まり、なのかもしれない。この星はどのような運命をたどるのだろうか?



                            



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