Whose Reality Count?〜誰のリアリティーが重要なのか?
日時:2003年4月20日 15:00〜18:00
場所:東京歯科大学水道橋病院 血脇ホール
主催:日本イラク医学生会議

 1997年訪問団メンバー
 ヨルダンから入国したが、ヨルダンは高速道路が立派だった。
 バクダッドについて病院見学の時の医者は、流ちょうな英語をしゃべってい
た。経済封鎖の影響は大きく、病院でも危険性をわかっていながら中茶針を使
い回さなければならない状況があった。経済封鎖は厳しく、戦争の時に飛んで
きたミサイルより大変だ。そういう状況の中彼らは、で人間らしさを失わずに
生きている。
 エピソードを一つ紹介したい。ズボンをクリーニングに出したときに20ド
ルをポケットの中に入れっぱなしにしてきたが、ネコババされずに戻ってきた。
 1998年訪問団メンバー
 バスラの病院を見学。6歳の男の子が風邪で入院していたが、栄養状態が悪
いために気管支炎にかかった。抗生物質がなく、あっても注射器がないために
二重の意味で封鎖の影響が出ていた。
 交流がもう一つの目的だったが、彼らは外からの情報に乏しく、国際会議や
留学をしたくてもできない状況だ。だから、最新知識にどん欲にかぶりついて
くる。
 彼らは、日本とイラクはアメリカからの攻撃を受けているのに、日本人はな
んでそんな国と仲良くできるのかと聞かれたが、うまく説明できずにもどかし
い思いをした。 
 
 2000年訪問団メンバー
 10年前はみな輸入に頼っていた抗生物質を、自国内で生産するようにした。
 自分がイラクを初めて訪問したときは大学2年生の時だったが、その時はイ
ラクの市民は経済封鎖に苦しんで抑圧されていると思っていたが、彼らの話を
聞いているとプレステ2の話が出てきたから、部分的には情報が入っていると
感じた。
 政治に対する感覚が薄く、フセインの圧政を自然災害で捕らえているような
感じで捕らえていたので、びっくりすると同時に反発も覚えた。
 閉ざされているから交流が続かない。メールも手紙も遅れがちで、電話だけ
では思うような交流ができない。 

 2000年以降、会としての活動は停滞していた。
 先方の受け入れ団体は、実質的にはウダイ・フセインが仕切っていたために
政治色が強く、交流に限界を感じていたために新たにメンバー募集をしなかっ
た。だがイラク情勢が厳しくなってきたため、団体内部で議論になったが、有
志を募ってイラクに派遣することになった。 
 イラク大使館にこれまでの活動を伝えたが、人間の盾としてだったらビザが
出たが、医学生としてはもう少し待ってくれといわれた。議論した結果、目的
が人間の盾ではないため、隣国ヨルダンに向かった。
 ヨルダン到着後、日本緊急援助隊と合流し、一緒に活動した。 
 ツテを頼って、イラク人学生と交流会をやった。アルコールが御法度だから
コーラを飲みながらの交流になったが、政治の話ばかりになって申し訳ないと
いいながら、日常的話が政治になるんだというジレンマを感じていた。サダム
・フセインについて最初は躊躇していたが、2〜3時間話すうちにホンネを語
ってくれた。サダム・フセインを好きな人間はいないが、アメリカに対抗する
一つの軸である。今回の問題はパレスチナの問題が重く影を指している、だか
らパレスチナ問題は50年間は解決しないのではないかといっていた。
 最近ブッシュが新しくプログラムを発表したが、これは政治的なもの。
 ヨルダンはアメリカから援助を受けて成り立っている。しかし国民は心情的
にイラクにシンパシーを感じている。政治的な取り締まりが厳しく、発言に気
をつけている。閉塞感を感じているようで、国家としての対応や国民の気持ち
としてのズレを感じた。
 ヨルダンの難民キャンプに行った。難民キャンプと避難民キャンプは別個に
ある。難民キャンプにはほとんど人がおらず、避難民キャンプを訪問した。報
道陣やボランティアがたくさんあった。準備は万全だがちぐはぐな状況も見ら
れた。
 実際の現地のニーズにあった援助ができているのかは疑問で、関わり方に疑
問を感じていたが、キャンプを見てショックを受けた。トラック会社からオファー
があり、協力させてくれということで、何人から問い合わせを受けた。ヨルダ
ン人の女子医学生が「ボランティアに参加したい」と行ってくれた。彼女のお
かげでかなり助かった。ヨルダン経済はイラク経済と密接に結びついている。
先代の社長がサダム・フセインと知り合いだったらしいが、彼は物事に気づか
せてくれたことにうれしかったと社長は行ってくれた。物資も取引先から集め
てもらった人など協力的だった。 
 今後交流を続けたいと思っているといったら、その女子医学生がイラク側代
表としてカウンターパートの役割をやってくれるといってくれた。復興が始ま
り次第、今後手紙やメールで連絡を取る覚え書きを交わした。今まで制限があ
る中で交流団を派遣してきたが、何ができるのかわからない中でのスタートだ
ったが、今回初めて向こうの学生を主体にした交流ができるのではないかと期
待している。展望としては明るいという気持ちを持った。
 今沢山のNGOが入っているが、我々は昔から交流してきたという歴史があ
る。継続は大事だ。健康や医療を軸にして交流し、学生という立場を生かし手
交流したい。今回初めて組織だっていない、学生同士の交流ができるのではな
いかと思った。イラクの現状に左右されるが、継続して今後も交流をしていき
たい。

 第2部 特別講演 数えられない死
 イラクの人の健康状態が悪化していることは、日本の医学雑誌にはほとんど
でない。外国の医学雑誌には毎週のようにイラク関係の記事が載っている。学
生会議の人が行くときに、何冊か雑誌を持っていってもらった。経済封鎖の中
で役に立つことを祈ったからだ。私は国際保険学を専攻し、健康を否定する要
因を研究している関係で、イラクについて関心を持っていたことからここで話
をすることになった。
 今回の戦争では、兵士を含めてイラク人が4,000人が死んでいるのにと
思うと涙が出てきた。それが今回のタイトルである。
 チョムスキーが「アメリカは世界最大のテロリストだ」といっている。すで
にアメリカは様々な国々に干渉してきた。ニカラグアの政権を瓦解させ、クル
ド族は守らず、スーダンの製薬工場を爆撃し、キューバには40年以上も経済
制裁をするなど、様々な制裁をやっている。
 政治性と政治的というのは違う。政治的な側面と経済的な側面を考慮しない
でいると、何か大きなものを見逃すと思う。
 ユニセフが数年前に資料を出しているが、累計すると1,000万人以上の
イラクの子供が亡くなっている。経済制裁が原因だが、一時経済制裁が緩んだ
こともある。11年にわたる経済制裁はジェノサイドであるとチョムスキーは
いう。これは虐殺と同じだ。キング牧師も「世界最大の暴力を行っているのは
我々の政府だ。富める人の立場に立って、貧しい人々には地獄を作り出してい
る」と指摘する。
 ブッシュは軍需産業の結びつきが強い人間だ。そういった連中が政策を決め
ているのは恐ろしい。今の若い人間が戦争にかり出されたら、教師としてどう
するか?これは空想ではなく、場合によっては日本もこれに参加するのが今の
政権の考え方だから、あり得ないことではない。アメリカはイラクを制圧した
ように見えるが、決してこのままでは中東・イスラム圏が攻撃されたことに関
しては、長いスパンで見た場合に必ず報復を受けるだろう。
 武器をつくると、これを消費する。軍事予算はブッシュ政権が終わる頃には
日本の保健予算に相当する。’91年当時に比べて武器の精度は上がっている。
世界中の武器輸出はアメリカが56%にのぼる。軍事予算はダントツだ。
 戦争が人々の健康にいかにネガティブな影響を与えたか?カンボジアでは2
00人に一人が地雷の被害に遭っている。ミャンマーやタイではいまだに小競
り合いが続く。日本の中学生の年齢が戦場にかり出されている。また、両親が
戦争で死ぬために戦災孤児が沢山生まれる。ソマリアもコソボもそうだ。

第3部 パネルディスカッション
 高山(以下T)
 今回の問題の個人的印象だが、1月ほどで戦争状態は終了し、米兵がバクダッ
ドを進軍する様子を見て、それまで見た姿とテレビのそれとの間にギャップを
感じ、もどかしさを感じた。現地に訪問したメンバーが集まってディスカッシ
ョンするのは有意義だと思う。会場の人といろいろ意見交換をしたい。

 伊藤(以下I)
 医療スタッフが湾岸戦争以降とても少ない。海外から来ている人が多い。医
者が看護婦よりも多い。医療スタッフの確保をどんどんやって欲しい。イラン
では30,000人の保健婦を教育し、母乳の率を上げ、その結果缶ミルクの
輸入が減り、外貨節約に成功した。

 T:最近のユニセフのデーターを紹介したい。
 イラクの街で1日何人診療したかのデーターがあるが、340人を診療した。
普通は50人を見たらへろへろになる。患者の数が増大しているが、医者の数
が減っているのだろう。患者の1/3が子供だった。推測になるが、水衛生が
かなり被害を受けていると思う。ライフラインが破壊され、不衛生になってい
る。100人近くの子供が下痢で運ばれているが、医療スタッフのみならず医
療資源も欠乏しているために十分な治療ができていない。水衛生のためには電
力が必要だ。電力によって安全な水が得られる。ライフラインの復旧も重要。

 神保(以下J) 
 中村哲さんが東京新聞のインタビューを受けていた。この中で「米軍のイラ
ク攻撃があった日、同じ日に米軍空爆があった。アフガンに空爆があることは
触れられていない。20年近くアフガンに行っているが、今が一番悪い状態だ。
カブールは特にヒドい」と語っている。中村哲さんもアフガンで井戸を掘って
水を確保することを熱心にやっているが、水と塩を確保するのは人間の基本だ。
戦争で破壊されたことが注目されているが、人間の基本として水というのは身
近な問題だ。

 T:水と塩の問題が出てきたが、復旧のポイントを教えてくれ

 喜多(以下K)
 水、高カロリービスケット、基礎医薬品を呼びかけの文章に入れた。自分ら
小規模な活動では持続性が重要だが、緊急時にはそれらのものを持っていくこ
とに意義がある。ユニセフの場合、水を浄化する機会を持っていけばそこで水
を供給を確保する。
 英米軍が攻撃のあとにインフラとしてそれを持っていったと思うが、継続し
てやっているか気になった。

 I:イラク人平均カロリー摂取のデーターがある。湾岸戦争後一時カロリー
摂取が減っていたが、徐々に増えていった。石油を食料品に変えるプログラム
により、カロリー摂取量が増えた。政権が共産圏の思想を受けているため、普
通だったら北朝鮮みたいに末端まで届かないということがない。だがフセイン
政権が崩れたことで、どこまで復興できるかわからない。ライフラインが崩れ
ていないのなら、効果的な食糧配布ができると思うが、略奪が起きているから
心配だ。 

 T:TNPというプログラムがあり、100万人の子供の健康チェックを行
い、非常に効果を上げている。食糧配布プログラムでは非常な効果を上げてい
る。ユニセフもWHOも評価していたが、システムが戦争で破壊された。今後
はかなり注意してみていく必要がある。食糧配給プログラムは負の面もあり、
寄り多くの配給を受けるために子供を兵士にしたりした。

 I:イラクの状況と世界との温度差を感じる。 先ほどの発表にも出てきた
が、難民キャンプは誰もいない。国連は金をつぎ込んでキャンプを作ったが、
人は来ていない。現地の状況を把握しているのか?
 友人は避難民キャンプの人は携帯を持ってインターネットをしていると伝え
てきた。国連のスタッフはガッカリしている。緊急援助であれば、現状の把握
が必要だ。イラクはこの10年間、世界は無視してきたから、このインターバ
ルは大きい。

 T:緊急援助には現状の把握が第一だ。
 コソボに行ったとき、現地は活気があって景気がいい。無政府状態になった
から、いろんな輸入業者がやってきて商品を売りさばいていた。難民キャンプ
とは状況が違うからガッカリした記憶がある。

 K:難民キャンプに点とを送ることを政府が決定したが、現地では比較的そ
ういう情報があれば適切な判断だと思っていたが、ヨルダンには出稼ぎが30
万人いる。開戦後、5,000人が帰ったそうだ。難しい判断だと思うが、ズ
レというのを感じた。反戦という気持ちで行ったが、現地ではいろんな見方が
あり、一括した見方はできない。

 J:メディアで報道していることに疑問を持つことが重要だ。引き倒された
銅像は本当にフセインの銅像なのか、確かめようがない。ある人は初代大統領
の銅像だという。メディアは面白く、衝撃的に書くから鵜呑みにはできない。

 T:傷病者の救済は超緊急である。
 これからどういう病気が出てくるのか?下痢・赤痢などの問題が出てきた。
栄養失調やマラリア、ポリオの問題も出てくるだろう。予防接種などで防げる
のは、緊急援助の中に入れてもいい。

 J:いまだにベトナム戦争の地雷や不発弾で死ぬ人が多い。イラクもクラス
ター爆弾や大量破壊兵器を使っているから、その問題が尾を引くだろう。話は
脱線するが、今アメリカ軍が追っかけているのは戦車と戦闘機だが、メディア
はこれを取り上げない。もっというと、15万人の兵士がどこにいったのかわ
からないし、数字が合わない。想像以上のことが起きて、ネオコンが慌ててい
るらしいが、勝ったはずなのにとんでもないことになっている、クルドを挟ん
で新たな3国同盟が動き出している。これが事実だったら、中東はどんなこと
になるのか?

 最後に、パネラーから一言
 K:関心が薄れたときに活動を継続するのが大事だ。団体としてどう活動す
るか模索している最中だ。

 I:湾岸戦争の時と今の戦争と変わったと思う。
 あの時は一方的な報道だったが、あれを見てフセインは悪者だという報道を
鵜呑みにしていた。だが今回は冷静になってアメリカの動向を見ている。自分
は島国だからというのではなく、世界市民として何ができるかを考えたい。可
能性や希望を捨てずにがんばっていきたい。

 J:今回のイラク攻撃が始まったときに、カブールでデモ隊が燃やした国旗
は米英日の国旗だった。日本の国旗が燃やされることはなかったが、もはや日
本は3番目の当事者になったことから逃げることはできない。医療活動は政治
性を避けて通れないことをふまえる必要がある。
 日本はアメリカに原爆を落とされたという認識が強くあるが、これからはそ
ういう認識では見ないだろう。日本人に対する失望があることをふまえておく
必要がある。
 活動は続けて欲しい。任務感が強くて大変だが、行ってきたことによって新
たな出会いがあった。 それ以前の積み重ねがあったからできたことだ。

 T:今回の戦争では、開始する前から多くの市民が立ち上がったことは心を
打たれたが、戦争に突入した原因は、イラク人を頑なにし、不満を解消させる
場所を与えなかったのは国際社会にある。これは私たちの責任でもある。経済
封鎖の時、交流を求めていたときに現地に行って、戦争を防いでいただきたか
った。
 今回の戦争には憤りを感じるが、これからは交流ができる道筋ができた。こ
のチャンスを逃すべきではない。優秀な研究者を現地の大学で講義するお手伝
いができればいい。学生会議ならではのことができればいい。
 日本は経済封鎖に加担し、戦争支持を真っ先に表明した。
 西アジアと東アジアは距離があるから、簡単に理解できない。互いの相互理
解を深めることが戦争に勝利することだと思う。

 報告はここまでです。
 長いレポートを読んでくださって、どうもありがとうございました。

☆☆☆☆☆☆☆―――――――――――NO WAR!
夢と希望がある限り   
     私は決して諦めない!!         
      遠藤 嘉則  Yoshinori Endo
       mataro@jca.apc.org
  http://page.freett.com/gpwn/index.html
WE WANT PEACE!――――――☆☆☆☆☆☆☆





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